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福岡地方裁判所 平成6年(行ウ)8号 判決

福岡県甘木市大字甘木二三七九番地の一(F-二三八)

原告

坂田憲治

福岡県甘木市大字菩提寺中の坪五六五番地の一

被告

甘木税務署長 松田直樹

右指定代理人

福山俊光

阿部幸夫

内藤幸義

田島政美

福田寛之

秋田猛

田端芳一

福岡久剛

川添重樹

山口政信

主文

一  本件訴えのうち、原告の平成四年分の所得税について、被告が平成五年七月一日になした延滞税の賦課決定処分の取消しを求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告の平成四年分の所得税について、被告が平成五年七月一日にした更正並びに加算税及び延滞税の賦課決定処分を取り消す。

二  原告の平成四年分の所得税について、被告が平成五年八月一七日にした督促処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告の平成四年分の所得税について、原告に給与所得控除及び寡夫控除を認めなかった被告の前記更正処分等は日本国憲法(以下「憲法」という。)一四条一項等に違反すると主張して、前記更正処分等の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠(甲第一号証、乙第一ないし第四号証)により認められる事実

1  前記更正処分等の経緯

(一) 原告は、法定申告期限日である平成五年三月一五日、所得金額を一〇六万九八〇〇円(原告の平成四年分所得税青色申告決算書(乙第一号証)記載の所得金額一四六万五二三五円と、原告が平成四年一〇月七日より臨時に勤務した株式会社福岡紅果から支払われた給与三〇万一四七七円の合計一七六万六七一二円から、原告が給与所得控除に該当すると主張して六九万六九一二円を控除した金額である。)、所得控除の額を七七万〇〇七五円(寡夫控除三五万円を含む。)、課税される所得金額を二九万九〇〇〇円、申告納税額を二万〇九〇〇円とそれぞれ記載した原告の平成四年分の所得税の確定申告書(乙第二号証)を被告に提出し、平成四年分の所得税の申告をした。

(二) 被告は、右申告に対し、平成五年七月一日付けで、原告の平成四年分の事業所得は計上漏れの仕入金額三万円を減算した一四三万五二三五円であること、右事業所得以外の所得は認められないから、結局、原告の平成四年分の所得金額は右一四三万五二三五円であり、また、原告は所得税法二条一項三一号の二に規定する「寡夫」に該当しないので、寡夫控除三五万円は認められないことを理由として、原告の申告納税額及び「納付すべき税額」を九万二五〇〇円と更正するととも、正当な理由に基づかないで納付すべき税額を過少に申告したとして、国税通則法六五条一項に基づき七〇〇〇円の過少申告加算税を賦課する旨の決定(以下、右更正処分を「本件更正処分」と、右過少申告加算税賦課決定処分を「本件加算税賦課決定処分」といい、これらをあわせて「本件各処分」という。)をし、そのころこれを原告に通知した。

なお、本件各処分の通知書(甲第一号証)には、この通知により新たに納税すべき税のうち「本税」七万一六〇〇円については、確定申告期限の翌日から納付する日まで年七・三パーセント(右納付期限の翌日から二か月を経過した日以降は年一四・六パーセント)の割合で延滞税がかかる旨の記載がある。

(三) 原告は、平成五年八月四日、本件各処分を不服として、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は、同年一二月二二日付けでこれを棄却する旨の裁決(乙第三号証)をし、そのころこれを原告に通知した。

(四) 被告は、原告が本件各処分により新たに納付すべき税額を納付期限たる平成五年八月二日までに完納しなかったので、同月一七日付けの督促状により、その納付を督促する処分(以下「本件督促処分」という。)をした。

(五) 原告は、本件督促処分を不服として、平成五年八月二七日、被告に対して異議申立てをしたが、被告は、同年一〇月八日付けでこれを棄却する旨の決定をした。そこで、原告は、同月一〇日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は、平成六年五月一三日付けで右請求を棄却する旨の裁決(乙第四号証)をした。

2  原告は、本件当時、染物小売業を営む青色申告者であるとともに、平成四年一〇月七日より株式会社福岡紅果へ臨時的に勤めた者であって、平成四年分の所得は、所得税青色申告決算書(乙第一号証)に記載された右染物小売業による所得金額である一四六万五二三五円から計上漏れの仕入金額三万円を減算した一四三万五二三五円と、右株式会社福岡紅果からの給与三〇万一四七七円の合計一七三万六七一二円のみで、右合計額以外の所得はなかった。

3  原告は原告と生計を一にする子でその年分の合計所得金額が基礎控除の額に相当する金額以下である者を有しない。

二  争点

(原告の主張)

1 本件更正処分の違憲性について

(一) 憲法一四条一項違反について

(1) 原告に給与所得控除を認めなかった点について

所得税法は、二八条二項によって、給与所得者にのみ給与所得控除を認めているが、事業所得者にはこれを認めないという区別をしている。しかし、給与所得者の経費は殆ど事業主によって支出されており、給与所得者が収入を得るために支出する実費は極小額であることからすれば、給与所得控除は事実上の生計費を非課税とし、もって憲法二五条による保障を具体化したものであるから、事業所得者に給与所得控除を認めない合理的な理由はない。また、給与所得者の捕捉率が事業所得者に比べて高いため不公平であるといわれるけれども、事業所得者が法律に基づいた記帳をして決算を行ったうえで確定申告をするとともに、税務調査も受けているのに対し、給与所得者は記帳をしないで経費の概算控除を受けているから、却って不公平である。さらに、そもそも、原告は、商品を展示する店舗を有さず、勤労内容も会社勤務と同様であり、資産性所得は全くなく、福利厚生費の計上を認められていない者で実質的には給与所得者であるから、平等の観点から給与所得控除を認められるべきである。したがって、右区別的取扱いを定めた所得税法二八条二項及び同条項に基づく本件更正処分は、いずれも法の下の平等を定めた憲法一四条一項に違反する。

(2) 原告に寡夫控除を認めなかった点について

所得税法八一条、二条一項三一号による寡婦控除と同法八一条、二条一項三一号の二による寡夫控除では控除を受ける要件に差異を設けているが、これは合理的な理由がないのに性別や社会的関係(死別者、夫の行方不明と離婚者)によって差別的取扱をするものであるから、二条一項三一号の二による寡夫控除の制限は、憲法一四条一項に反する。したがって、右規定に基づき原告に寡夫控除を認めなかった本件更正処分も違憲である。

(二) 憲法二五条一項違反について

生活保護法による保護金品については非課税であるから、この趣旨にそって所得税を賦課すべきでない金額を計算すると約一三五万円となり、原告にも同額の所得控除が憲法二五条一項の定めから認められるべきであるところ、基礎控除三五万円、給与所得控除六五万円、寡夫控除三五万円の合計一三五万円がこれに当たるというべきである。したがって、原告に給与所得控除及び寡夫控除を認めない本件更正処分は、憲法二五条一項に反する。

(三) 憲法一三条違反について

本件更正処分は、個人を尊重した申告制度で申告した原告の生命の基となる所得に対して、給与所得者よりも重税を課するものであり、原告の幸福追求権を侵すものであるから、憲法一三条に違反する。

(四) 憲法一一条及び九七条違反について

被告は、本件更正処分により、原告の基本的人権の一つである生活権を破壊し、苦痛と負担を加えて侵害を続けているから、本件更正処分は、国民の基本的人権の尊重を定めた憲法一一条及び九七条に違反する。

(五) 憲法一八条違反について

原告は、本件更正処分から始まった一連の処分の続行により、行政的隷属を強制され、苦役に等しい苦痛を余儀無くされた。したがって、本件更正処分は、奴隷的拘束及び苦役からの自由を定めた憲法一八条に違反する。

(六) 憲法九八条一項違反について

所得税法の条項のうち、事業所得者に給与所得控除を認めない部分及び寡夫控除に関する部分は、右のとおり憲法の右各条項に違反するものであるから、憲法が国の最高法規である旨を定めた憲法九八条一項により無効である。

2 本件加算税賦課決定処分の違憲性について

原告の所得税の申告に対して被告が給与所得控除及び寡夫控除を認めなかったことは前記のとおり憲法の各条項に違反して無効であるから、本件加算税賦課決定処分もまた違憲であり無効である。

3 本件督促処分の違憲性について

原告の所得税の申告に対して被告が給与所得控除及び寡夫控除を認めなかったことは前記のとおり憲法の各条項に違反して無効であり、本訴訟の判決確定まで原告の納税義務は確定していない。それゆえ、本件督促処分は、憲法三一条に反して無効である。

4 本件延滞税の賦課決定処分の違憲性について

原告の所得税の申告に対して被告が給与所得控除及び寡夫控除を認めなかったことは前記のとおり憲法の各条項に違反して無効であり、原告は延滞税を課されるべき自己責任の明らかな者には該当しないから、本件延滞税の賦課決定処分もまた違憲であり無効である。

(被告の主張)

延滞税の納付義務は、納付すべき税額をその法定納期限までに完納しないときに、国税通則法六〇条の規定に基づいて法律上当然に発生するものであるから、本件訴えのうち、延滞税の賦課決定処分の取消しを求める部分は、その対象を欠くものであり、不適法却下を免れない。

第三当裁判所の判断

一  本件更正処分について

1  憲法一四条一項違反の主張について

(一) 憲法一四条一項は、国民に対して絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であって、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないと解される。

ところで、租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とするから、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるをえないものというべきである。そうすると、租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、憲法一四条一項に違反するものということはできない(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号昭和六〇年三月二七日大法廷判決民集三九巻二号二四七頁)。

(二) そこで、まず、給与所得控除に関する原告の主張を検討する。

給与所得者に概算控除の制度である給与所得控除を認めた目的が、給与所得者と事業所得者等との租税負担の均衡に配意しつつ、給与所得者の必要経費と家事上の経費又はこれに関連する経費との明瞭な区分が一般的に困難であるうえ、給与所得者はその数が膨大であるため各自の申告に基づき必要経費の額を個別的に認定して実額控除を行うことは技術的及び量的に相当の困難を招来し、ひいては租税徴収費用の増加を免れず、税務執行上少なからざる混乱を招くというような弊害を防止するにあることは明らかである。そして、このような租税負担を国民の間に公平に配分するとともに、租税の徴収を確実・的確かつ効率的に実現することは租税法の基本原則であるから、右目的は合理性を有するものというべきである。そこで、この目的からすると、必要経費につき実額控除が認められている事業所得者に対して更に給与所得控除を認めないのは当然というべきであり、この取扱いの区別が著しく不合理であることが明らかとは到底いえないと解される。したがって、所得税法が必要経費の控除について事業所得者と給与所得者との間に設けた前記の区別は、憲法の右条項に違反するものではなく、また、原告が実質的に給与所得控除に当たるとする原告の主張は独自の見解であって到底採用できないから、給与所得控除に関する原告の主張は失当である。

(三) 次に、寡夫控除に関する原告の主張を検討する。

所得税法上、寡婦控除と寡夫控除では控除を受ける要件にはその主張のように差異が設けられているが、これは、寡夫の場合は寡婦と異なって、通常は既に職業を有しており、引き続き事業を継続したり、勤務するのが普通と認められ、また、高額の収入を得ている者も多い等両者の間に租税負担能力の違いが存するので、これらの諸事情を考慮した結果と解される。したがって、この区別が著しく不合理であることが明らかとは到底いえず、憲法一四条に何ら反していないので、寡夫控除に関する原告の主張も失当である。

2  憲法二五条一項違反の主張について

(一) 本条項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては国の財政事情、多方面にわたる複雑多様な高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものであるから、具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ない場合を除き違憲の問題は生じないものと解される。

(二) 本件についてみると、原告は、生活保護法の趣旨から約一三五万円までの所得に対しては所得税を賦課すべきではないことを前提にして給与所得控除及び寡夫控除を認めなかった本件更正処分の違法を主張するが、所得税の賦課において、生活保護法による扶助を受けざるを得ない者とそうでない者を直ちに同一に考慮することは相当ではないし、また、右区別は立法府の裁量の範囲というべきであるから、結局、原告の右主張は、独自の見解に基づくものであって到底採用することはできない。

3  その他の憲法違反の主張について

さらに、原告は、本件更正処分が憲法一三条、一一条及び九七条、一八条、九八条一項にも違反すると主張するが、これらの主張は、本件更正処分に憲法一四条一項又は二五条一項の違反があることを前提とするものと解されるところ、前記のとおりそのいずれにも右違反はないから、原告の主張はその前提を欠くことになり、失当である。

4  したがって、本件更正処分は、何ら憲法に違反するものではなく、正当である。

二  本件加算税賦課決定処分について

前記のとおり、本件更正処分は憲法及び所得税法に適合する正当なものであり、原告が平成四年分の確定申告に当たり所得金額を過少に申告したこと及び寡夫控除を適用したことにつき、国税通則法六五条四項に定める正当な理由があったとは認められないから、本件加算税賦課決定処分は、同条一項に従った適法なものというべきである。したがって、原告の右主張は、その前提を欠くから失当である。

三  本件督促処分について

原告は、本件各処分は違憲・違法なものであって無効であり、本訴訟の判決確定まで原告の納税義務は確定していないから、本件督促処分も憲法三一条に反して無効であると主張するが、本件各処分に何ら瑕疵のないことは前記のとおりであるから、原告の右主張は、その前提を欠くものであって失当である。

四  本件延滞税の賦課決定処分の取消請求について

なお、原告は、被告により延滞税を賦課する旨の処分もなされたとしてその取消しをも求めているが、延滞税の納付義務は、納付すべき税額をその法定納期限までに完納しないときに、国税通則法六〇条の規定に基づいて、何ら特別の手続を要することなく法律上当然に発生するものであるから、右取消請求は、その対象を欠くものであって却下を免れない。

五  結論

以上のとおり、本件訴えのうち、延滞税を賦課した処分の取消しを求める部分についてはこれを却下し、その余の請求についてはいずれも理由がないからこれを棄却する。

(裁判長裁判官 中山弘幸 裁判官 向野剛 裁判官 三村義幸)

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